OOHを次のステージへ LIVE BOARDのリーチ最適化ロジック開発への挑戦

LIVE BOARDではこれまで、NTTドコモの位置情報データ等を活用した広告視認ベース(VAC)のインプレッション計測を強みに、精度の高いターゲティング配信を実現してきました。
このたび、ALGORITHMIC NITROUS株式会社およびINSIGHT LAB株式会社との共同開発により、OOH(アウト・オブ・ホーム)領域における「広告のリーチ最大化」を目的とした新たなプランニングロジックを開発しました。これにより、従来のターゲット含有率の最適化プランに加え、より多くのユニークユーザーに広告を届けるという観点からも、精度の高いプランニングが可能になります。
本インタビューでは、この取り組みの背景や技術的チャレンジ、そして新たに導き出されたインサイトについて、株式会社LIVE BOARD インサイト部 大澤 奈未、ALGORITHMIC NITROUS株式会社 代表取締役 石原 響太 氏、INSIGHT LAB株式会社 データプレパレーション部 鈴木 宏基 氏に伺いました。
■業界の限界に挑む、LIVE BOARDのアプローチ
LIVE BOARD 大澤(以下、大澤):これまでOOHメディアは、媒体接触者の属性データを取得することが難しく、エリアのイメージや経験則に基づいたプランニング・媒体選定が主流でした。しかし、2025年に入り、一部の媒体社ではビーコンやGPSデータの活用が進み、性別や年代といった属性情報の把握が可能となりつつあります。これにより、OOH領域でもデータを活用したプランニングや、インプレッションベースでの広告買付が徐々に実現され始めています。
一方で、「リーチ(広告接触ユニークユーザー)」を正確に予測・算出することは依然として難しく、一般的には、定点(年1回)でのアスキング調査データを用いて、リーチ数を疑似的に算出する手法が主流となっています。しかし、このような算出方法は、前提として1週間同じ枠に放映する「純広告」が基準であり、LIVE BOARDのように柔軟な配信設計が可能な媒体の特性をリーチの算出に十分に反映することができません。 結果、「多くの面に出稿すれば、多くの人に接触するだろう」といった経験値に基づいたプランニングとなり、プログラマティックOOHの進化した配信技術に対してリーチの予測・算出手法が追いついていないという課題があります。
LIVE BOARDでは、NTTドコモの位置情報データ等を活用し、性別・年代に加え、趣味嗜好などの深い属性情報の把握が可能です。2023年以降、既にターゲット含有率を重視したプランニングが主要な配信方法として定着しており、全国6万以上のビジョンの中から、対象となる媒体や時間帯を選定し、高精度なターゲティングを実現してきました。さらに、配信結果に基づくリーチの可視化・算出の仕組みも整備し、OOH業界内でも一歩進んだOOHの価値提供を行ってきました。
しかし、従来の弊社のシステムでは、「選定した媒体に配信した結果」のリーチ算出にとどまっており、「リーチ数を最大化するには、どの媒体をどのように組み合わせるべきか」といった全体最適の観点では対応できていませんでした。
他メディアに目を向けると、デジタルメディアでは、1対1のコミュニケーションを前提とした構造のもと、接触者の属性情報やリーチに関するデータ活用が高度に進化しています。ユーザー単位でのトラッキングが可能なため、KPIに応じた広告メニューが細分化され、それぞれの目的に最適化されたプランニングと配信設計が実現されているのです。
LIVE BOARDでも、こうしたデジタル領域の精緻なアプローチを参考にし、弊社の強みである「多様なシチュエーションに存在する巨大なビジョンネットワーク」を最大限に活用してKPI別に効果を最大化するためのプランニング・配信メソッドの高度化を図る必要があると考えました。
その第一歩として、「リーチ最大化」ロジック開発に着手したのです。今回、アルゴリズム設計は数理最適化を専門とするALGORITHMIC NITROUS株式会社に、システム・運用部分はINSIGHT LAB株式会社にご協力いただきました。
実際、新たなロジックを用いたシミュレーションでは、従来手法では得られなかった有意なリーチの改善が確認されています。例えば、同じインプレッション(1,000万imp)で比較すると、従来の配信手法に比べて最大約65%のリーチ差が生まれるケースも確認されています。リーチ最大化ロジックの導入によってこれまでは到達できなかったリーチ拡大が可能となっています。
■OOHにおける「リーチ最大化」ロジック開発の舞台裏
ALGORITHMIC NITROUS株式会社 石原 氏(以下、石原氏):
本プランニングロジックの開発では、リーチのモデル化と最適化アルゴリズムの設計・実装を担当しました。
最初に取り組んだのはリーチのモデル化です。LIVE BOARDのインプレッション定義(広告視認ベース/VAC)はスクリーンが実際に見られた確率=視認率を考慮したものですので、この定義に整合する最適化計算上のリーチを定義する必要がありました。単に数学的に正しい定義を与えることまでは簡単でしたが、大規模な仮想オーディエンスを対象としたシミュレーションでも瞬時に計算が可能な「数学的に正しくかつコンピュータに優しい」計算方法を見つけることには少し苦労しました。
リーチのモデル化に関連して、プランニング時のデータ作成は、プランニングの最適化計算を行う時点では、対象期間中にどのスクリーンに誰が接触するかの情報は利用できません。そのため、実際にプランニングロジックを利用する際には、対象期間中の仮想的な人流・接触シミュレーションデータを作成し、これをもとに最適化計算を行っています。
実務上は過去の人流データや接触履歴と統計的に整合するシミュレーションデータを作成するというのが重要です。統計的に十分な精度を出すためにはどうしても大規模なシミュレーションデータが必要になります。このため、本プランニングロジックの最適化アルゴリズムには高い速度性能が要求されることとなりました。
INSIGHT LAB株式会社 鈴木 氏(以下、鈴木氏):NTTドコモの位置情報データ等を活用し、「いつ・どこに・誰がいて」「その人がスクリーンをどの程度の確率で見たか」を、ユニークユーザー単位で推定します。OOHでは、同じユーザーが複数の場所・時間で広告に接触するため、正確なリーチを出すには重複除外処理も欠かせません。
石原氏:アルゴリズム開発は、設計から並列計算による高速化まで全ての面でチャレンジングでした。
リーチ最大化はLIVE BOARDの顧客価値に直結する課題ゆえ、精度面での妥協が許されない中で超大規模な最適化問題を高速に解く必要があったからです。
LIVE BOARDの媒体には百万単位の出稿枠があり、プランニングではこの中からどの出稿枠に出すかを決める必要があります。可能な組合せ・出稿パターンは無数にあり、現代のコンピュータでも全てのパターンを網羅して計算することは到底不可能です。
どうすれば精度を犠牲にせずにこの超大規模な問題を解けるのか、問題構造を観察しながら考えていたところ、今回のリーチ最大化の問題は「劣モジュラ関数の最大化問題」として理論的に整理できるとわかりました。組合せ最適化の世界では、劣モジュラ関数の最大化について多くの理論研究がなされており、今回の問題にも適用可能な理論保証のある近似アルゴリズムが見つかりました。今回考えているほどの大規模な問題の場合ではそのままでは速度面で適用できないものだったので、本問題に特化した高速化を施し、理論的精度保証を維持しながら高速に動作するアルゴリズムを実現させることができました。完成した時は大きな達成感と安堵感がありました。
鈴木氏:共通のリーチ最大化用データを生成する際、媒体ごとに異なる配信仕様やフォーマットの差があることも大きな課題の一つでした。すべての媒体を共通の形式で扱えるよう、個媒体に対応した出力処理を実装し、最適化に必要なデータの整備を進めました。
当初は膨大なデータ処理によりプランニングに6時間を要していましたが、約3分の1の2時間まで大幅に短縮しプランを算出できるようになりました。
大澤:ご協力いただいた2社の技術のおかげで、弊社では「誰でも、いつでも、最適なリーチプランを提示できる」ための仕組みの整備ができました。今後皆さまの戦略立案により大きく貢献できると考えています。
■OOHを次のステージへ。新たに広がるOOHの可能性
大澤:リーチ最大化アルゴリズムの最適化結果から、明らかになったインサイトをご紹介します。
インサイト:純広告の電車内単体よりも電車内+駅構内+屋外を組み合わせた方がリーチが伸びる
大澤:同じインプレッション数を前提とすると、「純広告の電車内単体」だけ配信するよりも、LIVE BOARDネットワーク内にて「電車内+駅構内+屋外」と組み合わせて配信する方がリーチが伸びるという結果が得られました。
1週間単位での配信が基本となる純広での販売においては、これまでリーチ獲得におけるOOHの代表格は「電車内広告」とされてきました。もちろん純広を前提としたプランニングでは、「多くの人が乗車する=1週間単位で最も多くの人の目に触れる」といった媒体特性がリーチ獲得を決定します。これは間違いありません。
他方で、ここにLIVE BOARDならではの、媒体種別の多様性と配信タイミングの柔軟性という変数が加わると、電車内と駅構内と屋外を組み合わせた方が『異なるユーザがいる放映枠にピンポイントに出せる』ようになるため、リーチ効率が高くなります。
※パターン①:ロール配信の電車内(2週間全日配信。1時間に4回放映)
パターン②:屋外+駅構内+電車内(出稿期間2週間。LIVE BOARDネットワーク媒体全て)
さらに買付け単位を全媒体放映1回単位でできるとすると、リーチ効率はさらに改善するという分析結果も得られています。
※パターン②:屋外+駅構内+電車内(出稿期間2週間。LIVE BOARDネットワーク媒体体全て)
パターン③:屋外+駅構内+電車内(出稿期間2週間。LIVE BOARDネットワーク媒体全てが買い付けが放映1回単位とした場合)
現在、LIVEBOARDと連携している媒体における買い付け単位は、屋外広告は基本的に放映1回単位で買付けられる一方で、一部の駅構内や電車内の媒体は通信環境など技術的な制約によって、買付けの単位が1時間ごとになっています。
この買付けの単位を全媒体放映1回単位でできるとすると、さらに配信タイミングの柔軟性が高まり、『異なるユーザがいる放映枠にピンポイントに出せる』選択肢が増え、リーチ効率が大きく改善します。
鉄道利用者が多いことから、1週間単位での配信が基本となる純広での販売においては、これまでリーチ獲得におけるOOHの代表格は「電車内広告」とされてきましたが、リーチ効率を決定づけるのは媒体特性ではなく、媒体種別の多様性と配信タイミングの柔軟性であることが明らかになりました。
これはこれまでのOOHプランニングにはない、大きな発見であると私たちは感じています。
なお、LIVE BOARDでは媒体社との協力により、駅構内媒体の買い付け単位をより細かくする取り組みを進めており、たとえば東京メトロ様のMWVやMSV、大阪メトロアドエラ様のネットワークビジョンについては、すでに1放映単位での買い付けが可能となっています。
更に実際のOOHプランニングシーンを仮定して「予算1,000万円でリーチを最大化する」というご要望に対して、純広告を前提とした場合とLIVE BOARDネットワークの「リーチ最大化ロジック」を前提とした場合で、どのような比較差が出るか検証しました。
・純広告の場合
→リーチを多く獲得すべく、予算の多くを電車内媒体に割き、余った予算で屋外にプランニング。
媒体:電車+屋外
期間:1週間(全日出稿型)
・LIVE BOARDネットワークの場合
→電車内/屋外/駅構内の全ビークルを活用。「リーチ最大化ロジック」を元にプランニング。
媒体:電車+屋外+駅構内
期間:2週間(インプレッション単価2.4円で計算)
この2つのプランでリーチ効率を比較したところ、LIVE BOARDの方がリーチ効率が高いことが分かりました。その理由として、純広告は出稿する時間帯や面を選べず、配信の自由度が限定されているためと考えられます。一方、LIVE BOARDの配信はビジョンごとに1時間単位で設計が可能であり、独自のフレキシブルな配信体制により、同じインプレッション数でもより多くのユニークユーザーに効率よくリーチすることができます。
大澤:今回「リーチ最大化アルゴリズム」のロジック開発が完了しましたので、今後はプランニング実装に向けて、個別案件で対応できるように運用体制の整備・開発を引き続き進めていきます。
これまでLIVE BOARDでは「ターゲット含有率の最大化プラン」のみを提供してきましたが、将来的には、「リーチ最大化プラン」という新たな広告メニューも追加し、KPIごとにプランを選んで頂けるような体制を整えていく予定です。
引き続き、LIVE BOARDでは独自の強みである広範なビジョンネットワークとデータを活かし、プランニングの高度化を進めてまいります。
文:三谷 碧